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鳥取地方裁判所 昭和42年(行ウ)6号 判決

原告 株式会社日ノ丸総本社

被告 広島国税局長 外一名

訴訟代理人 古館清吾 外七名

主文

一、原告の被告広島国税局長に対する請求を棄却する。

二、被告鳥取税務署長が昭和四〇年五月二八日付で更正し、昭和四二年四月二八日付裁決により減額された。

(一)  原告の昭和三六年四月一日から同三七年三月三一日までの事業年度分法人税について、所得金額を一億〇、五五三万四、二七五円、法人税額を三、九〇六万九、九一〇円とする更正処分のうち、所得金額につき五、七五三万四、二七五円、法人税額につき二、〇八二万九、九一〇円を超える部分、

(二)  過少申告加算税一八七万二、一五〇円の賦課決定のうち九六万〇、一五〇円を超える部分、

を取消す。

三、訴訟費用は、原告と被告広島国税局長との間においては全部原告の負担とし、原告と被告鳥取税務署長との間においては、原告に生じた費用の二分の一を被告鳥取税務署長の負担とし、その余は各自の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一、原告

(一)  (昭和四二年(行ウ)第六号事件につき)

被告広島国税局長が昭和四二年四月二八日付で原告の審査請求につきなした裁決中、所得金額につき五、七五三万四、二七五円、法人税額につき二、〇八二万九、九一〇円、過少申告加算税につき九六万〇、一五〇円、を超える部分をいずれも取消す。

(二)  (昭和四二年(行ウ)第九号事件につき)

主文第二項同旨。

(三)訴訟費用は被告らの負担とする。

二、被告ら

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一、原告は不動産貸付を主たる業務とする法人で青色申告の承認を受けているものであるが、原告から被告鳥取税務署長(以下単に被告署長という)に対し、昭和三六年四月一日から同三七年三月三一日までの事業年度(以下単に本件係争事業年度という)分の法人所得額を五四七万一、五三九円、法人税額を一六二万六、四〇〇円として確定申告したところ、被告署長は広島国税局職員の調査に基づくものとして、原告の右申告所得額のほかに、新株引受権の無償譲渡による差益八、七〇〇万円を含む、一億三、五〇七万五、八六三円を加算すべきであるとして、昭和四〇年五月二八日原告の本件係争事業年度分の所得金額を一億四、〇五四万七、四〇二円、法人税額を五、二四〇万一、四七〇円に更正し、過少申告加算税二五三万八、七五〇円の賦課決定をなし、同月二九日原告に通知した。

二、原告は被告署長のした右更正および賦課決定を不服とし、昭和四〇年六月九日被告広島国税局長(以下単に被告局長という)に対し審査請求したところ、被告局長は協議団の議に付したうえ、昭和四二年四月二八日、原処分庁である被告署長のした前記更正および過少申告加算税の賦課決定のうち、所得金額につき一億〇、五五三万四、二七五円(新株引受権の無償譲渡による差益四、八〇〇万円を含む)、法人税額につき三、九〇六万九、九一〇円、過少申告加算税につき一八七万二、一五〇円を各超える部分を取消す旨の裁決をなし、同年五月一八日裁決書謄本を原告に送達した。

三、しかしながら、被告局長のした右裁決および裁決によつて取消された部分を除く被告署長のした原処分のうち、新株引受権の無償譲渡による差益として四、八〇〇万円を原告の益金と認定した部分は、左記理由によりことさらに事実関係を曲解し税法上の実質所得者課税の原則を無視したもので違法であるから、いずれも取消されるべきものである。

(一)  原告は、訴外(東京都文京区小石川町一丁目二番地)大東京観光自動車株式会社(以下単に東京観光という)の発行済株式総数四万株(額面株式の一株の金額五〇〇円)のうち、三万株を有する株主であったが、同会社は設備の拡充と運営資金確保のため、昭和三六年四月一日の同会社取締役会において新株四万株発行による有償倍額増資の決議をした。右決議に基づき株主である原告および訴外日ノ丸自動車株式会社(以下単に日ノ丸自動車という)に対しそれぞれ三万株および一万株の新株引受の申込を同年六月一〇日までにするよう通知してきたが、原告としては当時資金需要が多く、手持資金に余裕もなかったので右新株の引受申込をしなかったため、原告は右新株引受権を商法二八〇条の五第四項の規定により喪失した。

東京観光は右失権確定後である同年六月一三日同会社取締役会の決議に基き新株を公募することとし、公募価格は額面同額の一株につき五〇〇円とし、東京観光の役員、従業員はもとより、日ノ丸自動車および原告の役員、従業員にもこれに応募せられたき旨の回覧をまわしたり、募集依頼状を郵送したりして新株の引受方を要請した結果、法人一名、個人二一名の申込があったが、その応募株数は合計二万八、四〇〇株にとどまり満株とならなかったため、増資目標額との差額五八〇万円を鳥取銀行から借入れてようやく増資の手続を了した事情にあったものである。

(二)  しかるところ、訴外(大阪市天王寺区上本町六丁目一の一)近畿日本鉄道株式会社(以下単に近鉄という)は、昭和三七年一月下旬ごろ、東京進出の意図をもって東京観光に対し同会社の株式譲受につき打診内交渉を始めるに至り、その後同年三月一四日東京観光の各株主は各自所有の株式を相当多額の対価を得て近鉄に譲渡した。

右事実関係において、被告署長は「原告が東京観光の倍額増資に際し、三万株の新株引受権を与えられているのにもかかわらず、正当の理由なくして払込をせず自己の役員等に新株引受権に相当する経済的利益を与えているのであるから、それぞれ賞与又は贈与とする」との認定をし、原告に対し新株引受権の譲渡による差益として八、七〇〇万円を本件係争事業年度分の原告の所得とする旨の更正をした。右更正処分に対する原告の審査請求に対し、被告局長は「原告は東京観光増資新株の失権前において縁故者等に新株の引受をなさしめるよう事前協議を行なって故意に失権し、新株割当により生ずる利益を役員等に与えたもので、その経済的利益は一旦原告に婦属したものであるが、原告が引受権を放棄したことにより役員等個人に移転したもので、その含み利益は未実現のものであるが社外流出した時において、それまでに蓄積されていた潜在的利益が実現したものとしてその時期に原告の所得に加算すると共に、その役員等に対し賞与又は贈与とするのが相当である」との推測的独断をもって、被告署長のした原処分の主旨を維持した。

しかし、原告が東京観光の増資新株の引受に応じなかったのは自社の経理上の理由によるものであるが、そもそも新株の引受をするかどうかは、株主が当該企業の将来性、配当利廻等を勘案したり、あるいは自己の投資資金の都合により自由に判断処理しうるものであって、何ら「正当事由」を必要とするものでない。原告が東京観光の増資新株を引受けず失権したことと公募株主の新株取得との間には何らの牽連もない別途各別の法律関係であるのにかかわらず、原告の新株引受拒否の消極的事実は即公募株主に対する経済的利益の供与であるというが如き理由なきこじつけをもって右、供与は賞与あるいは贈与であり、その事実はとりもなおさず原告の事業所得であると認定されているが、原告は右失権により自らは厘金も利得せず、また公募株主のその後における株式譲渡による利益とは無関係である。東京観光の前記株式譲渡は、原告の新株引受申込拒否による引受権喪失の時点においては、東京観光・近鉄間にも株式売買についての下話さえ全然なかったし、東京観光の株主であった原告において将来かかる事態の生ずることを予見しうる事情は寸毫もなかったにもかかわらず、失権時の翌年三月に行なわれた株式の売買を見越し、原告および日ノ丸自動車等の役員、従業員等をして新株を引受けしめ自らは故意に失権したというような被告らの推測的判断は単なる架空虚妄であって、その判断の合理的な基礎と認めるべき資料は全く存在しない。

また、失格した引受権の譲渡は法理上無意味であるのに、新株引受権を原告が放棄して事実上失権した引受権を他に移譲し、新株の割当により発生すべき将来の未必的利益を他の個人に移転し、一旦自社に婦属すべき利益を社外に流出したもので、その潜在的利益は本件係争事業年度の原告の所得に加算すべきであるとの認定に至っては、理外の理を構造した行政庁の悉意的判断である。

四、さらに、被告局長のした裁決は、その主文において「別表のとおり原処分の一部を取消す」とのみ記載され、裁決主文および裁決理由中に審査請求の一部を棄却する旨の表示を欠いているので、裁決文書として不完全であって、手続上の瑕疵ある違法な裁決というほかない。

五、被告局長のした裁決は、その理由で、「差益額につき一株の時価を三、四〇〇円としその差益金を二、九〇〇円と認定した原処分は相当でないから原処分の一部を取消し、一株の時価を二、一〇〇円とし差益金を一、六〇〇円と計算し、その合計額四、八〇〇万円を原告の所得に加算すべきである」として、原処分を変更したものである。被告局長の右認定の株価と差益額は何らの根拠のない違法専断の認定であり、右裁決は原処分の示す理由と相異し、また結論においても同旨とは認められないので、裁決自体に固有の違法がある。

仮にそうでないとしても、右裁決は原処分の一部を取消したものであって、行政事伴訴訟法(以下単に行訴法という)一〇条二項にいう「審査請求を棄却した裁決」には合まれないから、行訴法一〇条二項の適用はないというべきである。

六、よって、右請求原因一ないし五に基づき、被告局長のした裁決のうち、新株引受権の無償譲渡による差益として四、八〇〇万円を原告の益金と認定して課税した部分は違法であるから、被告局長に対し請求の趣旨掲記の、

右請求原因一ないし三に基づき、被告署長のした更正処分(被告局長の裁決により取消された部分を除く)のうち、新株引受権の無償譲渡による差益として四、八〇〇万を原告の益金と認定して課税した部分は違法であるから、被告署長に対し請求の趣旨掲記の、

各取消請求に及んだ次第である。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一、請求原因一、同二の事実は、いずれも認める。

二、同三の(一)の事実中、原告が東京観光の額面五〇〇円、発行済株式総数四万株のうち三万株を有する株主であったこと、東京観光が昭和三六年四月一日の取締役会で有償倍額増資の決議をなし、割当基準日である同年五月一日原告に対し三万株の新株引受権を割当て、その新株の引受を同年六月一〇日までにするよう原告あて通知したことを認め、その余の事実は否認する。

同三の(二)の事実中、被告署長および被告局長が、それぞれ原告主張の理由を示して更正および裁決した事実を認め、その余の事実は否認する。

三、同四の事実中、裁決主文の記載は原告主張のとおりであることを認め、その余の事実を否認する。

裁決には、原処分の認定した所得金額、法人税額と共に裁決で認定した額とその差額としての取消額がそれぞれ明示されているから、裁決主女の記載と相俟って、原処分の一部を取消すと共に残余の請求については請求を理由がないとして棄却した裁決であることが明らかである。

四、同五の事実中、裁決は原告主張の理由で原処分を変更した事実を認め、その余の事実は否認する。

原告は、原処分(更正および過少申告加算税賦課決定)の違法を理由に、裁決の取消を求めているが、裁決で原処分の一部が取消されている場合でも原処分は裁決により取消されなかった範囲で存続しているのであるから、原処分を違法とする場合は原処分の取消を求めるべきであり、原処分の違法を理由に裁決の取消を求めることは行訴法一〇条二項に違反する。したがって、原告の被告局長に対する請求は主張自体失当である。

第四被告らの主張

一、原告の本件係争事業年度分の課税所得金額および法人税額等の計算内容は、別表(一)、(二)のとおりである。

二、被告らが、原告の東京観光に対する新株引受権を原告の役員等に無償で譲渡したものとしてその差益金額四、八〇〇万円を、原告の本件係争事業年度分の所得金額に加算した根拠は次のとおりである。

(一)  原告は、東京観光の発行済株式総数四万株のうち、三万株を保有する株主であったところ、昭和三六年六月東京観光において倍額増資をなすにあたり、原告は東京観光の定款三三条本支の規定に基づき、割当基準日である同年五月一日親株主として三万株の新株引受権を割当てられたのであるが、しかし、原告は右申込期日である同年六月一〇日までに右新株の引受申込をせず原告および原告の系列会社である東京観光ならびに日ノ丸自動車等の役員および従業員(以下単に原告の役員等という)に対して、右新株引受権を譲渡し、その結果原告の役員等において、別表(三)のとおり新株の引受申込をしてこれを取得したものである。

(二)  原告が右新株引受権を原告の役員等に譲渡したことは、次の諸事実からも明らかである。

(1)  別表(三)によって明らかなとおり、右東京観光の新株発行において、原告の役員等一九名中一三名までが右新株引受の申込期日である昭和三六年六月一〇日には新株引受の申込をしていること。

(2)  東京観光は、新株引受の申込期日前である昭和三六年五月三〇日に、原告の役員等に対して、株式申込証を同封のうえ文書による新株引受の勧誘を行なっていること。

(3)  原告の役員等に対する新株の割当は、株式引受の申込期日前に、その身分に応じてあらかじめ引受株式数が定められていたこと。

(4)  原告の役員等は別表(三)のとおり、新株式の払込期日である昭和三六年六月三〇日前にすべて払込を完了していること。

(5)  原告は前記のとおり、自己に割当てられた新株引受権を対価なくして原告の役員等に譲渡したのであるが、かかる行為が何らの支障なくなされたのは、原告の役員一五名中一一名は、原告の主要株主である日ノ丸自動車の役員を兼務しており、さらに東京観光の株主は原告と日ノ丸自動車の二社だけであり、いずれも原告の代表取締役であった米原章三ほかその同族の独裁的傾向の強い系列会社であって、右新株引受権償無譲渡しても、その坂引によって生ずる経済的利益はこれら原告会社の役員等がともに享受するものであったからである。

(三)  原告の新株引受権の喪失とその後における東京観光のした新株の公募は、原告が新株引受権を原告の役員等に譲渡するための形式的操作にすぎないことは、次の諸事実によっても明らかである。

(1)  原告は、当時資金需要が多く手持資金に余裕もなかったので、新株の引受申込をしなかった旨主張しているが、原告の代表者であった米原章三およびその同族関係者である株主は、多額の個人資産を有しており、それぞれ十分な保証能力を有しているので、原告が新株の払込資金を借入れることはその意思さえあれば容易なことであり、現に右東京観光の増資前後において、右米原およびその同族関係者または原告が、別表(四)のとおり他の会社の新株の払込をしている事実もあるので、原告が当時払込資金に窮して新株引受の申込をしなかったとは到底考えられないのである。

(2)  東京観光が失権株の処理に関する坂締役会を開催して、失権株四万株についての公募を議決した昭和三六年六月一三日までには、別表(三)のとおり、原告の役員等一九名中一三名がすでに新株引受の申込をしており、うち二名はすでに株式の払込をも完了しているのである。このことは、失権株の処理に関する取締役会の議決が全く形式的な操作であることを如実に示しているものといえる。

(3)  原告の代表者であった米原章三は、日ノ丸自動車の役員でもあり、また東京観光の昭和三六年四月一日の新株式発行に関する取締役会決議録にその役員としてなつ印しているわけであるが、かように自ら新株式発行に関する決議をしておきながらこれを全株失権させるということは常識的にもありえないことであり、しかも内部的にこのことについて取締役会等に付議された事跡もない。

(4)  新株はすでに失権株とすることを予定していた事実がある。このことは東京観光の株式を原告の役員等に分散する意図があったものというべきであり、そうであるからこそ原告は右新株の引受についてなんらの資金的努力をもしなかったのである。

(5)  失権株の公募においては、通常、当該株式の時価に応じた適正のプレミアムを付した価額で公募するのが一般であるのに、本件においては旧株主に対する割当の場合と同額の額面価額で公募している。本来、原告はこれらの新株引受権に相当する経済的利益を適正に評価したうえ、原告の役員等が縁故割当によっす取得した利益を原告に回収することも可能であり、またその他第三者に対して相当の対価を徴したうえ、その者に新株を引受けさせることもできたはずである。しかるに、原告ではかかる一切の行為をしていないのである。

(四)、右新株引受権の譲渡の時期は昭和三六年六月である。

原告が右新株引受権を原告の役員等に譲渡する手段として失権株の公募という形式をとった本件においては、右新株引受権の譲渡の時期は、東京観光が公募の形式によって原告の役員等に新株割当をした時であると解される。そして、東京観光が原告の役員の等に新株の割当をしたのは東京観光が原告の役員等に書面によって新株引受の勧誘をした昭和三六年五月三〇日であり、払込期間を同年六月一〇日から二〇日までの期間として募集し、払込期日である同年六月三〇日をもって本件新株引受権の譲渡が完了したものということができる。

(五)  新株引受権の無償譲渡は原告の益金を構成することについて(課税の法的根拠)

旧法人税法(昭和二二年法律第二八号)九条一項には、法人の各事業年度の所得について「その年度の総益金から総損金を控除した金額による」としているが、右総益金とは資本の払込以外による資産の増加の原因となるべき一切の事実に基づく経済的利益をいうものと解されている。したがって、右総益金とは「資産の増加」にほかならないから、売買その他の営業活動によつて現実化したものだけでなく、その所有資産の時価の騰貴等によって生じた経済的利益のうち実現化したものもこれに含まれると解することができる。そこで問題は如何なる事実または状態をもって実現とみるかということであるが、財産の時価の値上りその他未だ企業の帳簿に計上されていない経済的利益が社外に流出した場合には、この時に従来すでに発生し存在していた潜在的利益が客観的かつ確定的に顕在化し、益金として実現されたとみるべきである。換言すれば、企業の帳簿に未計上の資産の社外流出は、その流出の限度において潜在的な資産価値を表現することになるから、右社外流出にあたって、これに適正な価額を付して企業の資産に計上し、流出した資産価値の存在とその価額を確定することは、企業の資産の増減を明確に把握するため当然必要な措置である。そしてこのことは、社外流出の資産に対し、代金の受入その他資産の増加を来すべき反対給付を伴うと否とにかかわらない。

本件においては、東京観光の新株の割当による新株引受権の経済的利益(払込期日に一株につき発行価額五〇〇円の払込をすれば、その時の時価相当の価値ある株式を取得できるという経済的利益)は、割当基準日である昭和三六年五月一日に一旦原告が取得したのであるが、これを新株引受の失権およびその失権株の公募という形式的手段によって原告の役員等に取得させたものであり、これは新株引受権を親株主たる地位から独立して無償譲渡したのと同一である。そして、原告の役員等が取得した経済的利益は、新株の割当に関するプレミアムの利益であり、その実質は東京観光の含み利益であって、これは原告の親株主たる地位に附随して新株の割当を受けるまでは一種の期待権として親株の価値の増加部分として認識させ(このことは一般に新株の割当基準日において親株の権利落相場となることからも十分うかがい知ることができる)、さうに割当基準日以後においてはその具体化された経済的利益として原告に帰属したものである(ただし、帳簿には未計上である)。このように、原告の役員等に移転した経済的利益は原告の未計上の資産価値が社外流出したものと認められるかぎり、原告の未計上の経済的利益について、その社外流出によって潜在的な資産価値が客観的に表現された本件係争事業年度においてその経済的利益に相当する益金の発生を確定すべきものである。

(六)  新株引受権の価額(経済的利益)の評価について

新株引受権は、いわゆる新株の取得によつて窮極の目的を達するものであって、新株引受権の価値は、結局払込によって最終的には新株に転化し、その価値の中に体現される運命を持つものであるから、払込を了し、現実に新株主となった時(払込期日)における新株の価値から払込金額を控除した価額ということができる。

そこで、本件についてこれをみると、東京観光の株式は証券取引所に上場されていない株式であり、気配相場もなく、また他に比準すべき株式もないので、右新株式の払込期日(昭和三六年六月三〇日)における一株当りの東京観光の純資産価額を基礎として通常取引されるであろうと認められる価額(旧法人税法基本通達二二七の(四)参照)を算出すると、その一株当りの単価は、別表(五)に記載のとおり二、一〇一円となるので、これを二、一〇〇円とし、これから新株の発行価額である五〇〇円を控除した残額の一、六〇〇円を一株当りの新株引受権の価額(経済的利益)と認定したものである。したがって、原告が原告の役員等に譲渡した本件新株引受権の総額は、右一株当りの評価額一、六〇〇円に新株数三万株を乗じた四、八〇〇万円となるのである。

三、原告の右新株引受権の原告の役員等に対する無償譲渡は、いずれも損金と認められない。

第五〈証拠省略〉

理由

一、請求原因一、同二記載の事実は、当事者間に争いがない。

二、まず、原告は昭和四二年(行ウ)第六号事件において裁決の取消を求め、その理由として原告の請求原因一ないし五の各主張をするので検討するに、右のうち、請求原因一ないし三、同五の各主張は、いずれも原処分たる更正処分の違法を理由として裁決の取消を求めるものに外ならない。しかして、行訴法一〇条二項の規定によれば、処分の取消の訴とその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消の訴とを提起することができる場合には、裁決の取消の訴においては、処分の違法を理由として取消を求めることはできないところ、法人税法(昭和四〇年法律第三四号)および国税通則法(昭和三七年法律第六六号)には原処分に対する出訴を許さず裁決に対してのみ出訴を許す旨(裁決主義)の規定は存しないから、一応、そのいずれの訴をも許す趣旨であると解すべきである。しかし、本件は報告局長の裁決をおいて原処分の一部が取消されているが、後記のとおり残部については請求を理由がないものとして棄却し、原処分が維持されているのであるから、裁決での原処分維持を違法とする理由は、すべて原処分の暇疵を理由とするにすぎない。たとえ、裁決において原処分と異なる理由により原処分が維持されたとしても、原処分を正当とした点において変るところはないから、裁決での原処分維持を違法とする理由はすべて原処分の違法を主張するにすぎない。したがって、原告の前記請求原因ないし三、同五の各主張はいずれも本件裁決の取消理由とはなしえないのであるから、その主張自体理由がないものといわなければならない。

三、原告の請求原因四の主張については、〈証拠省略〉によれば、なるほど原告の主張するように、裁決主文に「別表のとおり原処分の一部を取消す。」と記載され(この点は当事者間に争いがない)、その余の請求を棄却する旨の字句はないが、しかし、原処分の認定した所得金額、法人税額等とともに、裁決で認定した所得金額、法人税額等とその差額としての取消額とが裁決審別表にそれぞれ明示され、かつ理由欄には裁決による原処分の変更理由を逐一明らかにしていることが認められ、右事実によれば、右裁決書の記載をもって原処分の一部を取消し、その余の請求を棄却したものであり、原告の審査請求の全部についての判断を表示する趣旨と解するに十分であるから、本件裁決は右の点については適法なものというべきである。

四、以上の次第で、原告の被告局長に対する請求は理由がなく、失当としてこれを棄却すべきである。

五、次に、昭和四二年(行ウ)第九号事件について判断する。

原告が東京観光の発行済株式総数四万株(額面五〇〇円)のうち三万株を有する株主であったことおよび東京観光が昭和三六年四月一日同社の取締役会で有償倍額増資の決議をなし、割当基準日である同年五月一日に原告に対し三万株の新株引受権を割当て、その新株の引受を同年六月一〇日までにするよう原告あて通知した事実は、当事者間に争いがない。

六、ところで、被告署長が、本件更正処分において、原告の東京観光に対する新株引受権を原告の役員等に無償譲渡したものと認定して金四、八〇〇万円を原告の本件係争事業年度分の所得金額に加算したことが適法であるためには、まずその前提として原告が東京観光の三万株の新株引受権を有していたことおよび当該新株引受権を原告の役員等に譲渡した事実が認められなければならないが、前者については当事者間に争いのない事実であるから、後者の点について検討するに、右新株引受権を原告の役員等に譲渡した旨の被告署長の主張事実は、本件全証拠によるもこれを認めることができず、却って、〈証拠省略〉の結果に弁論の全趣旨を綜合すれば、次の事実が認められる。

(一)  東京観光は、貸切バス運送業を主たる目的とする株式会社であって、本件増資決議当時、資本金二、〇〇〇万円、年一割配当を実施していたが、車輛数の増加、車庫建設等のために数年来運転資金に窮しており、短期借入金四、四〇〇万円、長期借入金二、一三〇万円、支払手形三、六七〇万円合計一億〇、三八〇万円程度の負債があり、これらの資金は代表取締役木島虎蔵の個人保証によって各金融機関から借入れる等していて資金繰りが極めて苦しかったので、東京観光の唯二の株主である原告および日ノ丸自動車の事実上の総帥米原章三に対し、従来から増資方を常々要請していた。また、東京観光は、原告の系列会社の一つであるが、代表取締役木島虎蔵が、元運輸事務次官の経歴を有し、東京観光のバス免許の獲得等に功績があり経営手腕もあったので、右米原章三の独裁的支配力も、右木島に対しては必ずしも完全には及ばない状態にあった。さらに、当時、労働者側の攻勢が強くなってきたこともあって、右木島が東京観光の経営に熱意を失うおそれもあった等の事情があったので、昭和三六年四月一日の前記取締役会において、右木島の要求どおり倍額増資の決議をすることに、右米原章三としてはもはや同意せざるをえない事態に至っていた。

(二)他方、原告の当時の状況は、資本金九、〇〇〇万円、保有有価証券七、八〇九万七、〇〇〇円、金融機関からの借入金七、五八七万五、〇〇〇円、昭和三五年四月一日から同三六年三月三一日までの事業年度の利益金(税込)六二〇万八、〇〇〇円であって、これ以上の有価証券を保有することは、原告の収支状況に照らして困難であり、仮に失権しないとすれば、金融機関からの借入金によるか、または、右米原章三らの個人資産によつて払込まざるをえない状態であった。ところが、前記のとおり東京観光に対する米原章三の支配力の限界から、同人は個人資産をもって原告の肩代りをしてまで増資に応ずる気持は有していなかった。

(三)  そこで、昭和三六年四月末頃、原告の常勤役員会(米原章三、米原穣、上山専一、稲村菊雄等の主要役員から成る幹部会)において、右新株引受をしないことに決定していた。しかしながら、右米原章三が町ら東京観光の前記取締役会に出席して倍額増資を認めていること、右決議後も右木島からの再三の引受要求があったこと等もあって、米原章三としては本件増資達成に協力せざるをえなかったため、その後結局、原告が失権する三万株(一、五〇〇万円)のうち、木島らが東京地区で五〇〇万円、残り一、〇〇〇万円は米原章三らが鳥取地区で各責任をもって縁故募集により引受け、払込む旨の話合いがまとまり、鳥取地区では原告の系列会社の役員、従業員等に対し、同年五月末頃から米原章三名義で株式引受の勧誘状を出すなどして、公募に努めた。ところが、何分、東京観光株式は非上場株で市場性がなく、事実上換金不能とみられていたために、全く人気がなく、自発的に引受ける者がいなかったので、米原章三は自う系列会社の部長以上の者には応分の株数を指示して、半強制的に引受を勧誘することにより、原告の失権前に早くも公募による引受の目途がある程度立つようになった。それでも、原告の失権確定後公募による払込が一部分をみたすにとどまり、最終的には、日ノ丸自動車が自社の手形を担保に訴外鳥取銀行から五八〇万円を借入れ(なお、鳥取銀行からの右借入が日ノ丸自動車によってなされているのは、実質資産の乏しい原告の手形では、銀行に信用がなく借入を拒否されたためである)、幸うじて、増資目標額の払込が達成せられるに至った。

以上の事実が認められ、他に右認定を左有するに足りる証拠はない。被告は原告の役員等が原告の新株引受権の失権前にすでにその新株引受権の申込をなしている事実等をその主張の事由としているが、前認定のように原告は内部的には四月末ごろすでに失権することを決定していたもので、その増資を完了させるためには公募によるほかないとして、右失権確定前においてあらかじめ非公式に縁故募集を計ったものであり、これらの事由をもっていまだ右主張事実を推認するに十分ではない。

七、さらに、被告署長主張の東京観光の本件増資当時、原告の役員等が、東京観光の株式が近い将来有利に転売できることを見越していたこと、あるいは、有利な転売を予見しうべき事実があったことを認めるに足りる証拠は何もない。

八、そうすると、被告署長の爾余の主張につき判断するまでもなく、新株引受権の譲渡を理由に四、八〇〇万円を原告の本件係争事業年度の所得金額に加算した点は、原告の架空の所得を認定したものというほかないから、被告署長のした右所得金額の更正処分のうち、四、八〇〇万円の部分は違法として取消を免れず、またこれに対する法人税額の更正処分ならびに過少申告加算税の賦課決定のうち、右取消すべき所得金額に対応する部分はいずれも違法として取消を免れない。

よって、原告の被告署長に対する本訴請求は正当であるからこれを認容すべく、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小北陽三 土井仁臣 宮本定雄)

別表(一)~(五)〈省略〉

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